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広島高等裁判所 昭和56年(う)36号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

押収してある皮ジャンパー一着を被害者甲野太郎に還付する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人大国和江の作成にかかる控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は、要するに、原判決の量刑不当を主張し、被告人に対して是非刑の執行を猶予されたい、というものである。

そこで、記録を調査して検討するに、本件の事実関係は原判決の認定判示するとおりであって、要するに、被告人が顔見知りの甲野太郎に因縁をつけ、その顔面を殴打等して同人を畏怖させたうえ、同人から現金二、五〇〇円及び男物腕時計一個(定価二万円相当)を喝取し(原判示第一)、更に、その二日後に、再び右甲野を脅迫して畏怖させ、同人から皮ジャンパー一着(時価四、〇〇〇円相当)を喝取した、という二件の恐喝と被告人が法定最高速度(六〇キロメートル毎時)をこえる約一一五キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転した、という道路交通法違反の事案である。このような本件各犯罪の性質、態様、結果、被告人の犯罪歴や当時の生活態度、とりわけ、各恐喝の動機には酌むべきものが乏しいうえ、態様もかなり激しい暴行を伴うなどしていて、犯情は全体として悪質であること、速度違反の所為は、制限速度を約五五キロメートル毎時も超過するものであり、現場が中央分離帯の設置されたバイパスである点を考慮しても、極めて危険性の高い行為と認められ、もとよりかかる危険運転をやむを得ないものと容認すべき事情は全く見当らないこと、被告人は、昭和五四年三月一五日広島家庭裁判所尾道支部において窃盗罪により保護観察所の保護観察に付する旨の処分を受けたものであるが、その行状は必ずしも改善されず、保護観察期間中に、道路交通法違反(速度超過)の運転を行って罰金六、〇〇〇円に、広島県青少年健全育成条例違反罪を犯して罰金四万円に、それぞれ処せられ、更に、本件各犯行に及んだものであって、被告人の犯罪性向は、深化、定着しているとまでは断定できないとしても、これを所論のように一過性のものとして看過することは許されないところであり、原裁判所の審理段階においては、各犯行に対する十分な反省がなされたとも認め難く、再犯の虞れも否定できない情況であったこと等にかんがみれば、被告人の刑責は軽視することができず、若年で懲役刑の前科がないことや恐喝の被害がほぼ回復されていることなどを考慮してみても、被告人を懲役八月の実刑に処した原判決の量刑は、これがなされた時点を基準とする限り、まことにやむを得ないものであって、重きに過ぎて不当であるとは認められない。

しかし、《証拠省略》によれば、被告人は、原判決後、父一郎の稼働する有限会社Aに雇われ、配管工として真面目に働いていて、従来の生活態度を改めるべく真剣に努力していることが窺えるところ、右一郎も当公判廷に出頭したうえ、今後は家庭全員が協力して被告人を指導監督する旨誓っているので、これに保護観察機関の専門的助言等を加えるときは、被告人の社会内における自力更生が十分に期待できる情況であると認められるのであって、すでに運転免許取消の処分を受けたこと等を併せ考えると、この際は、被告人に対し、特に刑の執行を猶予して、保護観察に付するのが相当であると思料される。したがって、現段階においては原判決の実刑を維持することはできず、原判決は破棄を免れない。

なお、職権をもって調査するに、原判決は、その理由中法令の適用の項において、押収してある男物腕時計一個は原判示第一の恐喝の賍物であり被害者に還付すべき理由が明らかであるとして、刑事訴訟法三四七条一項を適用したうえ、主文第二項において、これを被害者甲野太郎に還付する旨言い渡している。しかし、刑事訴訟法三四七条一項にいう「被害者に還付すべき理由が明らか」とは、被害者が私法上無条件に賍物の引渡請求権を有することが明白なことをいい、かつ、その場合に限られるものと解すべきところ、記録によれば、本件男物腕時計は、被告人が原判示第一の犯行によって甲野太郎から喝取し、その日のうちに乙山春夫の経営する乙山質店に五、〇〇〇円で入質したものであり、捜査段階において、右乙山が、「用済み後は私方にお返し下さい。」との意見を明示したうえで任意提出し、司法巡査の領置等を経て原裁判所が押収するに至ったものであること、換言すれば、質権者である乙山からその権利行使が主張されている質物であることが認められるのであって、そうであれば、本件男物腕時計一個は、裁判所の押収した賍物ではあるが、「被害者に還付すべき理由が明らかなもの」とはいえないものである。したがって、原判決が右腕時計一個を被害者甲野太郎に還付する旨の言渡しをしたのは、押収物還付に関する規定の適用を誤ったものというほかなく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。

そこで、刑事訴訟法三九七条二項、同条一項、三八〇条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所において直ちに次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に原判決の挙示する法令を適用し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処するが、前記原判決後の情状により刑法二五条一項一号、二五条の二第一項前段を適用し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予して右猶予の期間中被告人を保護観察に付することとし、押収してある皮ジャンパー一着は原判示第二の賍物であって、被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法三四七条一項に従い被害者甲郎太郎に還付し、なお、原審における訴訟費用については同法一八一条一項本文を適用して、これを全部被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 荒木恒平 堀内信明)

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